🔑徒然に⎯ KEY500回おめでとうございます 古津宣子
42年目に突入したKEYSはまさに『昭和』『平成』『令和』をたおやかに生き抜いてきました。
ここで改めて思いますが、「たおやか」とは「女が弱」と書くのですね。英語の graceful のイメージとはかけ離れていますが、大昔は、女性がか弱く見える姿に、しなやかさや優美さ、しかし芯の強さを重ねて表現されたのでしょう。そう考えると、この言葉もまた、時代とともに意味がずれてしまったのだと感慨深いです。
話を戻しますと、これほどの偉大な歴史は、ひとえに福岡の皆さまのご尽力の賜物だと、心より感謝申し上げます。私は本のはじめの数年しか参加できず、その後もご案内を頂きながら、まともに読めていません。まるで学生時代の劣等生を引きずっているようです。 KEYSの全容を語れる立場にはないので、今回は南阿蘇の某宿での時代の流れを少しご紹介したいと思います。
13年前、南阿蘇の片田舎の宿で働き始めた頃、お客様のほとんどは日本の方で、海外のお客様は月に2~3組ほどでした。英文科卒とはいえ、たまにいらっしゃる海外のお客様対応では、心臓はバクバク、冷や汗はタラタラ。つたない英語でConfirmation Emailのテンプレートを作り、突然かかってくる訛りの強い英語の電話には右耳を塞ぎながら、なんとか切り抜けてメール対応に持ち込む――そんな日々を、ゆったりとした流れの中で楽しんでいました。
当時の海外のお客様は、共同風呂に入るなどもってのほかで、タトゥーがあっても、ほとんど問題になることはありませんでした。7~8年前からは香港・シンガポールからのお客様が増え、私も完璧には話せないものの、心臓の皮だけはずいぶん厚くなりました。さすが、こんな片田舎にまでお越しくださるお客様は、日本の温泉や大浴場を楽しむリピーターが多いです。それでも西洋のお客様は、やはりお部屋風呂を好まれていました。コロナ明け頃からは、本物のネイティブスピーカー、時にはヨーロッパのお客様をお迎えすることもあります。そして、彼らのほとんどは大浴場の温泉が大好きです。
言葉のアクセントや雰囲気から、どこの国の方だろうと想像し、後にパスポートで答え合わせをするのも楽しみの一つです。そんな中、ここ2~3年で、某宿にもダイバーシティの波が訪れました。ネパール、韓国、中国、スリランカ出身のスタッフが活躍しています。最初は、日本のお客様が海外のスタッフを受け入れてくださるか不安もありましたが、それは全くの杞憂でした。外国人スタッフは真面目で温かく、昭和~平成の日本的な雰囲気に加え、明るさとおおらかさを持っています。特にネパールのスタッフは、人と分かち合う気持ち、人を助けたい気持ちにあふれています。かつての日本も途上国だったころ、同じような気質があったのか、あるいは宗教観から来るものなのかは分かりませんが、私はネパールの人たちの気質がとても好きです。今、時代は自国主義に傾き、個人は心地よいものだけを見て(半ば仕組まれて)、分断が進んでいます。そんな中で、ネパール気質のようなものが、とても貴重に思えるのです。
若い頃は個人主義に憧れ、自己主張をきちんとできる人間になりたいと思っていました。それができてこそ一人前の文化人だという感覚でした。でも、私のやり方は間違っていたのだと気づかされます。頭で理想を追い、「こうなりたい、こうしなければ」と呪文のように自分を叱咤激励しながら、いつの間にか自分のinnocence を奥深くに追いやってしまっていました。
自分自身の愛し方も分からず、「私のCOREはどこなのか、何なのか」と、まるで学生時代に戻ったかのような自問自答の日々もありました。そんな中で、スピリチュアルマスターであるヨグマタジに出会うことができ、今は本当の私に出会うために、自分自身の内側の旅を少しずつ続けています。

