🔑Keysに迎えられたことに感謝 島崎寛子
もうすぐ退職という時期に先生がKeysに誘ってくださいました。人生の次のステップとして新しい出会いと喜びを紹介していただき、ありがとうございます。Keysの一番の醍醐味は、自分では見つけることのないだろうという本に出会う事です。食事やお酒を交わしながら、メンバーたちと本に関する感想や意見、自分たちの近況を語り合うのは、最高の勉学の場です。
仕事の合間に帰福できそうな時、本を読める時間が持てそうな時、次の「課題」の本を入手して読むのがとても楽しみです。仕事と日頃の雑用から解放される時、「本」を読む楽しみを再び見出すことができます。パソコンの発達で、オンラインの書誌を読むことが増えました。パソコンやタブレット上では、部分的な読みとなることが可能で、検索するのにはとても便利になりました。しかし、全体としての物語を振り返る時、私は紙の本の見やすさ、ゆっくりモードが好きです。
最近読ませていただいた本で感動したのは、『塞王の楯』です。私は時代小説と呼ばれる本はほとんど読んだことがなかったのですが、関ヶ原の戦いの前哨戦となった大津城の戦いを舞台に、城を守るため石垣を築く「穴太衆」の飛田匡介と、どんな石垣も打ち破ろうと鉄砲を作る鍛冶「国友衆」の国友彦九郎の戦いの物語に心惹かれました。
登場人物たちの心の動きにもワクワクしましたが、私の発見は、ものづくりの基礎がこの時代に既にあったという事です。石垣を築く「穴太衆」の仕事がこれほど分業化されていたとは知りませんでした。どのような石垣を作るか、石垣に必要な石をどこから手に入れるか、石をどのように切るか、石をどのように運ぶか、石をどこで受け取り、石をどのように組み立てるか、石が壊れたらどのように修理するか、という作業は、まさに現在の自動車工場の作業要領と同じです。「石垣」を「自動車」に、「石」を「部品、材料」に置き換えれば、現代の自動車工場が行なっている車の設計(設計部)、部品の調達(調達部)、部品の組み立て(製造部)、完成車の配送(生産管理部)と取り組む内容は同じです。この物語を読んで、ものづくりの基礎が、城を築いていた時代に既にあったことに感銘を受けました。戦いが多かった近江、尾張、三河地方では、多くの城が築かれ、その結果ものづくりの基礎が構築され、その伝統が近代ものづくり産業の発展に繋がったのではと気づきました。物事は突然できるようになるのではなく、長い時間を経て今があることをあらためて教えられました。
実際に目に見えるものづくりだけでなく、顕著に見えにくい日本人の習慣も、長い時間を経た結果だと教えられたのは宮本常一の『忘れられた日本人』を読んでからです。鎌倉時代の頃から、宗教的な集まりとして「講」というものがありました。代表的な例は、「お伊勢講」と言って、遠方にある伊勢神宮に参拝するためにお金を村で積み立て、代表が交代でその積立金で伊勢神宮に詣でるための互助組織が存在しました。「講」という互助組織は宗教的な活動だけでなく、女性たちが情報交換する集まりにも応用されました。金融機関としての「頼母子講(たのもしこう)」は、鎌倉時代から存在し、民間でお金を貸借する銀行のようなものでした。
この「頼母子講」は、19世紀末にアメリカに渡った日本人の移住者に大変役に立ちました。その頃、アメリカでは日本人がアメリカの銀行を利用することができませんでした。外国で農業や商業を営むために資金が必要な時、日本人たちは仲間で「頼母子講」を組織して、助け合いました。今では民間人が銀行業を営むことは許されていません。しかし、その昔、家族の慶弔にお金が必要な時に、村の人々が積み立てたお金を貸借できる計画的な組織は、実用的だったと思います。この「講」という互助組織は、日本人の助け合いの精神からきているのではないでしょうか。大袈裟に言えば、日本の皆保険制度が現在あるのは、この精神が生きているからだと思います。人は元気な時もあるが、突然思わぬ病気に罹患する時もあります。困っている人を助けよう、という優しい日本人の心がここに残っていると感じます。時代が変わっても、優しい日本人の心を忘れてはならない。それが『忘れられた日本人』にはあると宮本常一は訴えているのではないでしょうか。
今の仕事が一段落したら、もっと本を読み、Keysのメンバーと語り合えるように時間を作ることが今の私の目標です。これからも、どうぞよろしくお願いします。

