私は小さい頃から好きな本を自ら選び読んでいたと思う。それらの本から得た勇気と励ましのおかげでこれまで生きてこれたに違いない。いまさらながら本に感謝をする反面、私は図書館に通うような熱心な読書家ではなかったなと子どもの頃を振り返る。

じゃあ私にとって本とは何だったろう?子どもの頃好きだった本は『若草物語』『赤毛のアン』『あしながおじさん』と少女たちの成長物語。この類のものと期待してチェーホフの『三人姉妹・桜の薗』を読み始めたが、途中で挫折したのも鮮明に覚えている。なんで子どもの頃の私は本を手に取るようになったのだろうか。私は生来寝つきが悪く眠れない夜には本を夢中で読んでいた。きっと都合が良かったに違いない。

そんな私が高校生の頃には夏目漱石やトルストイなどを夢中になって読んでいたこともあり、人生の糧になるだろう沢山の本に出合えることを期待し、福岡女子大学の文学部に身を置いた。

その学生時代に声をかけてもらってKEYSに出合うことができた。ひと月ごとに幹事から紹介された本を読み喧々囂々意見を交わす場は刺激的だったが、結婚をきっかけにあっけなく休会状態になってしまった。また、子どもが誕生してからは、夜を徹して夢中で本を読もうとする自らの癖が身体に堪えることを痛感し、本を読むことを自ら禁じ、その頃には多くの本も処分した。

KEYSを事実上休会して30年近く経過し、徐々に楽しみとして本を手に取り始めていた時期に、職場がたまたま近かった末信さんに誘われ、勝野さんが幹事の390回目のKEYSから再び参加させていただいて今に至っている。

在職中はJR通勤での移動の間が最も集中できる読書時間になっていた。持ち歩きやすくめくりやすい文庫本との相性が非常に良くなっていた。KEYSで紹介された本を通勤中に読めるようになると、ひと月ごとに選ばれた本を次々に読めるのが楽しくなっていった。自分が選んだ本でないことも面白い。どうしてこの本を紹介してくれたのだろうかと、その思いまで勝手に想像し、読み進めながら勝手に納得して楽しんでいる。

今は仕事も辞め、読書自体を楽しむ時間や場所に余裕ができ、さらに読書後のコメント投稿も加わったことで毎月の楽しみが倍増している。同じ本を読んでも、そこから感じることはそれぞれで、コメントからの気付きがさらに本の魅力を際立たせてくれる。例えば今年4月、渡邊さんが紹介された本、ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』は、私自身、事前の知識がほぼ無い中で読み始めたが、詩のような小説で一回読み終わってもわからないことが多く呆然とした。だからこそ、各人のコメントで感じ切り取られたところがそれぞれで面白く、書評まで読み進めた紹介もあってありがたかった。

最後に、幹事になったら日頃これを読みたいと思っていた本を紹介させてもらうが、KEYSの各人が同じタイミングで読み始めてくれると思うとありがたく、コメントを読めることを期待するのもささやかな楽しみになっている。このように本を読むという楽しみ、その楽しみが立体的に膨らみ続けているのがKEYSでの読書であり、この読書会という場が、確かに私の人生を豊かにしてくれていると実感している。

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